Sato's Novel 1-1
老公の翼
第1話
- ワシの名前はギャグレッド・ギャグレイ。
- アレクラスト大陸にその名を轟かす自由国家、オランの騎士である。
- かつてワシは、オラン王の直属部隊の第3騎馬大隊の指揮官を勤めていた。
- しかし、最近になって59歳と言う年齢を考え、その席を後輩に譲り、今は治安維持部隊の事件記録と言う隠居の生活を送っている。
- 別に、老いたつもりなどありはせぬ。まだまだ若い者には負けはせぬ。だが、何時まで経ってもワシがその地位にいたら下の人間が育たぬからな、まあ、自主的に退いた訳だ。その辺は分かってくれ。
- この記録係ってのも、やってみるとなかなか大変な仕事でな、毎日多忙ながら忙しい日々を過ごしておったよ。
- しかし数か月前、ななななんとオラン王より直々の命令により、ある事件を単独で調べる事となった。
- この老体を今一度、王とその国家に捧げる栄誉を受けるなど、ワシは感極まって、8年振りくらい、目頭が熱くなったよ。
- 王の側近よりこの話を聞いて、確かに、この事件は他の者には荷が重すぎと思った。しかし、だからといってたとえ小規模でもオラン軍を派遣する訳にもいかない。国家間に付きまとう、非常にデリケートな問題があったのだ。
- ワシの様な者がもっとも適任、そう思えたよ。別にうぬぼれている訳じゃなくて、本当に。だって考えてもみろ、こんなジジイがまさかオランの密偵などと考えはしないだろ? 最近富みに良く言われるんだが、剣を振っているより孫を抱いている方が似合うってな。若い頃そんな事言われた日には「何ぉ!」って剣を振り回していただろうが、今は、もう嬉しくて嬉しくて、まあこの気持ちは孫のある身しか分からんだろうが……。
- ともかくそんなワシだ、マークはされんだろうからな。
- では、早速、今回の事件の記載を開始しよう。
- ワシは、その日、午後を丁度回ったころだったかな、オランの王の謁見の間にてその命令を拝受したんじゃ。
- 「騎士ギャグレット・ギャグレイよ、騎士の中の騎士として、オラン貿易商サムダム・ルバの監視を命ずる」
- サムダム・ルバ、聞いた事がある。
- この自由都市オランにあって、特に黒い噂で名の通った男であった。
- いまから約30年程前に突然オランに現れ、莫大な資本力を持って、各ギルドの運営に絡み付き、特にシーフギルドは、彼の金で運営しているといっても良かった。
- 最近、開拓の始まったばかりのファーランドに渡り、賢者の都市アウグステから、何を思ったか、オートルという辺境の町に館を構えたと聞いていた。
- オートルと言えば、一時期、高レベルの魔術師の呪文の効果により、抉れた山が谷になって出来た町だと聞いた事がある。その時、発見され、騒がれた古代遺跡は結局今もその入り口が開かず、そのまま忘れ去られていった。遺跡の町だ。
- 「王よ、貿易商サムダム・ルバに何か?」
- この時、まだ私は質問の意味が分らなかった。まさか、この時点で、あのサムダム・ルバが王国の脅威になるなど考えもしなかったからじゃ、大物と言っても、所詮、商人、普通の極何処にでもいる尻尾をださずに悪さする『ジャイアント・ラット』止まりだと思っておったからな。
- しばし悩んだ末、愚か者と叱咤される覚悟で王にその意味を尋ねる。
- 王は押し黙り、そして白い髭を割って声を絞りだす。
- 「ギャクレット・ギャグレイよ、騎士のもっとも高い栄誉とはなんだ?」
- 私はすぐさま答えた。
- 「それは、今の私の様に、お仕えする王より直接ご命令を拝領した時に他なりません」
- 王はひどくお喜びになり、
- 「それは、お前に、私に対する尊敬の念があるからだろう、その答え嬉しく思うぞ」
- その王の言葉には頭が垂れる思いだった。
- 「勿体なく思います」
- 王は、深く考え、少し怪訝な顔をされ、
- 「騎士ギャグレット・ギャグレイよ、ドラゴンスレーヤーと言ったらどうか?」
- ドラゴン?
- ドラゴンなど、とうの昔に滅んでしまった神殺しの獣、それがなぜ、今王の口から飛び出すのだ?
- 「確かに、それはお言葉ながら一国の王に匹敵する力の象徴かと思います、ですが……」
- 王は、勿体なくも、私の顔を見つめ、
- 「ドラゴンの生息すると呼ばれる地に、黒い噂の立つ貿易商…………、確かな事は、それだけだ。そして、今、私は、嫌な予感がしてならない。いってみれば、その予感だけで、お前を、ファーランドへいかせようとしている。確かな物など何もない、ただの予感だ」
- 隠す事を嫌う王の笑顔。
- その直実で勿体なくも親しみ深い王が今までの私を支えていたのだ。
- それで十分だった。
- 王は、悪い胸騒ぎに襲われていた。
- その不安を拭い去る事が出来ればこの老いさらばえた命など惜しくは無い。
- ワシは王に向かって、今出来る最高の笑顔で、胸を叩いて(ちぃっと痛かった……)、
- 「全てこのギャグレッド・ギャグレイにお任せ下さい」
- そう言ったのだ。
- 老騎士が出立するには十分過ぎる命令を受け、私はただちにファーランドに向かう事にした。
- ワシは、一緒に行くと言い出した息子と、『お年を考えて下さい』と言う息子の嫁と、『おじいちゃん、行っちゃヤダ』と言う孫娘(これが一番後ろ髪を引かれた)の言葉を振り切り、その日のうちに出発した。
- 船で4日、賢者の町アウグステから、陸路を使ってようやくサムダム・ルバの屋敷のある遺跡の町『オートル』に到着したのは日が傾き始めた6日目の事だった。
- 正直、その町に入った時は多少驚きを隠せなかった。
- 私も、以前、アウグステまでなら来た事がある。それもつい10年に満たない時間の間にだ。
- その時、オートルなどという町は宿場としても存在していなかった。
- 誰が何の目的で、こんな山の谷間に町を切り開いたのだろう?
- 鉱脈の噂も無ければ、それといった産物もないこの土地で……?
- しかし、もっと私を驚かせたのは、この町の中心にある小さな広場のモニュメント、ブロンズの人魚の像(なぜこの様な山の奥に人魚が飾られているのかも疑問だが)それは町の興りを記念して、とあるが年数はたったの4年しか経っていない。
- つまり、この町は町として興ったのがたった4年前なのである。
- 一応、町の規模は小さいものの、西方諸国の自治権を持つ町など比べ物にならない程環境が整っていた。
- 見渡せば、各種の店、教会やギルド……。
- まるで冒険者が大挙して引っ越して来た様に整えられている。
- 多分、この町を作った中心となった者はよほどやり手だったのだろう。
- 老後、退官した後、残った余生をここで過ごすのも悪くないななどと思ってしまう。
- いかん……、そんな事を考えている場合じゃない。
- 私は、すぐさまその安穏な考えを振り払って、この旅の目的を思い出す。王よ、お待ちくだされ。
- 私は町の並びを見ながら、もう一つ気が付いていた。
- それは、異常な程の熱気、というか、情熱にしてはちと、暗すぎるエネルギーが渦巻いていた。
- まあ、こう見えてもワシも一応名の通った戦士だ、その位の『気』の読みぐらい出来ても当たり前なのだ、自慢する訳ではないが……。
- なんといっても、当時、ワシはオランでも3本の指に入る名うての剣士だったからな、しかもワシの上にいた奴はもう死んでしまったから、順番で行くと1番だった時期もあった。それでも冒険者の中には化け物みたいに強い奴もいたらしい。シャーマン戦士の『銀光の牙(シルバーファング)』や『影断者(シャドウブレーカー)』、『海の守(シーガーディアン)』なんて呼ばれる半ば伝説化した剣士も確かに存在したらしいが、彼らは別格じゃ。正直、本当にいたのかさえ怪しい物じゃよ。
- だから、ワシはそこそこ強いので、まあ何とかなるだろう、そう思っておった。
- さて、町に入った物の、どうした物か……。
- その前にワシは自身の出立をもう1回確認した。
- 今回の命令は隠密である。
- 私は、どう見ても旅の冒険者の様相でこの作戦に望んだ。
- 冒険者が良く装備する質の悪いそれでも頑丈そうなマントを羽織り、旅の道具を担いで歩く老冒険者と言う訳だな。
- まあ、一応、さっきも言ったが剣の腕にはいささか自身がある。
- いざとなったら、などと不埒な事を思いながら、ワシは情報を得ていた、この町にある唯一一軒の酒場兼宿屋『飼い慣らされない羊亭』へ向かった。
- 建てて数年だろうか?
- まだ新しい建物。中に入ると、そういう時間帯なのだろか? 客は1人もいなかった。
- カウンターの中から、
- 「いらっしゃい」の声、酒場の主人には珍しく、エルフの女性が迎えてくれた。
- しかも、かなり美しい……。シルバーブロンドの髪を後に縛って、化粧けの無い素顔も、美しかった。それに好感が持てた。
- 数年前、病で先立たれた妻を思い出してしまう。妻も本当に美しい女性であった。しかし、孫のサニアもそれにもまして美しく成長するだろうと思うのは、祖父の勝手な思い込みだろうか?
- 少しわき道に入ってしまった。
- まずは情報収集だな。
- 私は、彼女に早速、この町の事を聞いてみる事にした。
- 「や、やあ…はじめまして、私はギャグレットと申すものです」
- この手の店に馴染みが無い為、どうしても堅くなってしまう。
- だが、この時点では、まさか私がオランから来た、王の勅命を受けた騎士だとは思いもしないだろう。
- 「おや、珍しい、オランから? それも騎士?」
- 思わず、5回に渡って咳払いをしてしまう。
- この丹精なロマンスグレーのロールバックの髪形か、手入れされた口髭が不味かったのだろうか?
- だが、ここで否定しておかないと、彼女にあらぬ疑いを掛けられてしまう。
- 「そそそそれは違う、わわ私は単なる冒険者ですじゃ」
- 念を押し、ニッコリと笑った。
- 「まあ、良いけど……」
- 誤解は解けたようだ。
- 私は彼女に親近感を持って貰う為に、まず何かを注文しようと思った。
- 手持ちは結構あったのだが、腹は減っていなかった。だから飲み物でもと思い、
- 「じゃあ、この『蜂蜜茶』でも貰おうか」
- 「ごめんなさい、蜂蜜茎、今切らせてて、若い子が取りに行ってるから、夕方までには出来ると思うけど」
- 今座っている場所から外をみると、だいぶ日が傾き初めているのが分かった。
- 「じゃあ、しばらく待たせて貰おうか……」
- するとエルフの女将は、ワシの顔をじっと見つめて、ニッコリ笑い、
- 「ねえ、宿はもう取ってるの?」
- 「いや、まだだが」
- 「じゃあ、ここにしなさいよ、一泊15ガメル、朝食込みでどう?」
- ワシはその安さに驚いた。オランなら30ガメルが相場だ。
- うむむ、まさかとは思うが、この女将、ワシに気があるのでは……。などと不埒な事を考えていると、
- 「あ、勘違いしないでね、こんな辺境で、お年寄りに野宿させるのはあんまりでしょ、最初の客には優しいの、私は」
- と、ミスリル銀の様な軽い堅いガードの笑顔をワシに向けた。
- まあ、そうだろうな。
- 「じゃあ、宿はここに決めるか、よろしく頼むよ女将さん」
- とワシが言うと、
- 「アムで良いわ、何日の滞在になるのかしらギャグレイさん?」
- その答えは安易に出せる物ではなかった。
- これから、サムダム・ルバの監視を始める訳であるが、奴が尻尾を出すまで、1週間、1ヵ月、もしかしたらそれ以上…。
- 押し黙るワシを横目に、アム殿は、
- 「そう、大変な任務ね」
- そんな軽い彼女の言葉に、
- 「これも騎士の勤めじゃからな」
- と口を滑らせてしまう。
- 「な、何を言ってるんじゃ、ワシは単なる一介の冒険者であって、それ以上でもそれ以下でもない!」
- 「良いわ、どっちでも」
- と、言いながら、真っ赤な飲み物を出してくれた。
- 「はい、サービス、よろしくね」
- 「う、うむ、こちらこそよろしく頼む」
- 飲むと、少し苦みのきついビールの味がした。
- ふむ、悪くない。
- 丁度ビール(この土地特有の赤麦で作る飲み物で血ビールと言うらしい、なんかオムツが欲しくなりそうな名前だ)をゆっくりと味わって飲み終える頃、日はとっぷりと暮れた。
- アム殿は怪訝そうに、暗くなる外を見つめて、
- 「遅いわね……、あの子達……」と呟く。
- 「その蜂蜜なんとかを取りに行った人達かね」
- ワシが聞くと、
- 「そう、まだ何の技能を持たないから、丁度いい仕事だと思って行って貰ったんだけど……」
- そう言うアム殿の瞳は、ワシでなく、外を見つめていた。
- よほど心配なのだろう。
- まるで、妹や弟を心配する姉のような、そんな雰囲気を彼女は身にまとっていた。
- そんな時、1人の男が、店の中に転がり込んでくる。
- よほど慌てていたのだろう、椅子やテーブルに膝をぶつけながら近付いて来る。
- 「フォレスト、どうしたの?」
- その男は、ワシなど目もくれずに、アム殿に向かって、
- 「アムさん、ひ、開いた!」
- その時のアム殿の顔は、全身の血が抜けた様に青ざめていた。
- 「遺跡の扉が開いたんだ、俺は知らないが、アムさんの所に泊まっていたガキ共が開けちまったらしいんだ」
- 「なんて事……」
- アム殿は、そう呟くと、着の身着のままに店を飛び出した。
- ワシは一目散に彼女を追いかける。
- もしかしたら、サムダム・ルバが絡んでいる可能性がある。この目で見ておかねばと思ったからな。
- しかし、歳はともかく、一応名うての剣士の筈のこのワシが、前を走るアム殿に追いつくどころか引き離されている事実に閉口した。
- 町の道を過ぎて、山道に入ったアム殿の脚運びはまさに、野を駆ける獣のようだ。疾風の様に駈け登って行く。
- ワシは遠くなるアム殿の背中を見ながら激しすぎる自分の息遣いに、正直、寄る年波を感じていたよ。
Commentary
解説
- ういっス、SATOっス。
- 久し振りにソードワールドしてます。
- 以前、某友人らとプレイしたオリジナルシナリオの小説化な訳ですけど、今回は、少し違った角度から見た彼らの冒険を書いてみようと思いました。
- 彼らが冒険していた頃、彼らの横か後ろか、または、前で足跡をたどったり、たどられたりと、多分、直接、当事者達のキャラクターを使うより一層深みのある物語になると思いますし、なによりあの冒険と同じ一つの物語になる訳です。
- そして、誰が読んでも読み物として面白い物にしたいと思いこの様な形となった訳です。
- 因みに、このギャグレイ爺ちゃん、戦士レベル6、セージ5の強者です。
- (筋力18・器用度14・知力11・精神点20・体力21です)
- 装備は、ハードレザー・ブロードソード+2 スモールシールドです。
- うーむ、Esqlimaのサイトで、久し振りにマジで書いてしまいました。
- なんか、『Star Fish』より力入ってるのは気のせいだろうか?
- ではまた更新日にお会いしましょう!
- って、『Star Fish』にも顔を出すように、お願いじゃけんのう!(トイ・ホイ・クワ)
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「老公の翼」
Character
五十音順、呼称(敬称略)
- アム ギャグレイ フォレスト