Sato's Novel 1-3
老公の翼
第3話
- あれから、どれほどの時間が流れたことだろう。
- 事実上、オランのその流通の大半を握ると言われる、謎の商人サムダム・ルバが木陰から姿を現し、ワシらの時間は止まった。
- ワシもオランでは何度か、サムダム・ルバを見かけた時がある。商業組合のイベント、港の祭り、王国祭、様々な催し物に自分の顔を無差別に売り歩く様にヤツは顔を出し続けていた。
- この辺境、ファーランドの山の奥の町、オートルにやって来るまでは……。
- そして、ヤツは、ある意味オランの顔と言っても良かった、全くの無一文の若者がこれだけの豪商になったのだからな……、黒い噂が流れる前までヤツの存在はアレクラスト大陸の現代の一番新しい『サクセスストーリー』じゃったからな。
- ぱっと見た目は、本当に人の良さそうな好々爺じゃ。そしてワシよりちょっと年が上と言ったところで、ズングリとした丸い身体に、青白い、いつでも笑顔の表情が乗っかっている。
- その笑顔と言うのが本当にくせ者で、借りてきた面に彫り込まれた様な笑顔で一体何を考えているのか皆目見当が付かない。またオランにいる時も笑顔以外の表情をあれだけ多くの人間に会いまた人前に立つ機会多いくせに見せた事がない。線のように細い目はどこに黒目が有るんじゃ?と訪ねたくなるほど細いままじゃ。
- だがそれに反して、ワシらと対峙していた男たちは、サムダム・ルバが現われるや否や、一足飛びにその身を引き、ヤツ、サムダム・ルバに向かい、深く、頭を垂れる。
- 荒くれ者の冒険者達が、パトロンとはいえ単なる商人の男に、最敬礼を行っているのだ。
- その統制力と、影響力。一瞬とはいえあのシーフの男の浮かべた強ばった表情。
- 彼らにとってサムダム・ルバがどの様な人間なのか垣間見た気がする。
- しかも、さっきからワシの背中で冷たい汗がひっきりなしに流れているのは、この夜の冷たい風のせいばかりではないことを、やつの視線から目を離せないワシは自覚していたんじゃ。
- それは、『恐怖』と呼ぶには余にも凍てついた、今まで味わった事のない感覚じゃった。
- 先に断っておくが、決してびびっている訳ではないぞ、こう見えてもワシは名うての剣士、騎士だった男じゃ。真剣勝負の回数なんぞ星の数じゃ。さっきもあの3人の冒険者相手に少しも引いてはおらんかった。
- しかし、このサムダム・ルバの放つ迫力、というか悪気のような邪悪な気配は、ワシばかりでなく、ワシのすぐ横に居たフォレスト殿も、その気配の前に、すこし怖じ気づいている用だった。顔が真っ青じゃ。
- などと人の事を言っておったら、
- 「どーした? じーさん、顔が真っ青だぜ?」
- ぐぬぬ……、フォレスト殿に先に言われてしまった。
- ちと悔しいの。
- ともかく、好むと好まざると、ワシはこのオートルに来て早々あのサムダム・ルバとの対面を果たしたのじゃ。
- しかし、こうヤツの悪気の触れて竦み上がっている以上、王の懸念を拭い去る所ではない。
- そんな時じゃった。
- 「ほら、しっかりしなさい!」
- アム殿の声が、そしてその細い手が、ワシとフォレスト殿の肩を叩いた。
- 瞬間、ワシのその凍てついて重たくなった心が、まるで朝日の光に溶かされる薄氷のごとくに、ワシの心を解き放った。
- 「お、おお……」
- 心を呪縛する魔法でも掛けられていたんじゃろうか?振り帰った時にアム殿の顔を見て、恐怖から解き放たれ、安堵の声がそれじゃった。
- そして再び、ワシはサムダム・ルバを見る。
- その顔は、本当に人の良さそうな商人の笑顔であった。
- しかしそれは、不自然に張り付いた無機質な表情の上に『笑顔』という表現が乗っかっているだけの何とも言えない、先ほどのヤツとはまた違う違和感という無気味さを醸し出している。
- オランの時のヤツとはまたひと味違う無気味さに少々辟易してしまった。
- そして確信した。やはりサムダム・ルバに一言で言ってしまえば、『笑顔が似合わない』それは、ヤツの顔の善し悪しがどーのこーの言っているわけではなく、まるで木石が微笑んだとでも言うように、本来、笑顔と言う言葉が相当しない物の笑い顔。これならグールやゾンビに微笑まれた方がましじゃわい、と言った気分にさせてくれる。
- じゃが、そんな考えを余所に、ヤツ、サムダム・ルバの視線は、ワシやフォレスト殿など眼中に無かった。ヤツはその切れ上がった細い目で、アム殿をジーっと見つめていたんじゃ。
- そして、ここへ来て、初めてヤツは言葉を発した。
- 「これは、これは、『銀』……いや、今はアムと名乗っておられるようですね、妙な所でお会いしました」
- ヤツは何を言いかけたんじゃろう?『銀……』と言いかけ、アム殿の顔を見てハッとしたかと思えば言葉を切ってしまった。
- 一体何を言いかけたんじゃろうか?
- その言葉を聞いた瞬間、アム殿の目が厳しさを増した様な鋭い目つきに変わったような気がした。
- 『銀…………貨を借りて居ましたね……』
- 『銀…………のネックレスお似合いですね』
- 『銀…………は金より軽いですね』
- どれも的外れな気がするのう……。
- まあそれは兎も角、ヤツはそう言うと、旧来の友人との再会を喜ぶかのように、親愛なる笑みを送って、そっとお辞儀をする。
- すると、アム殿も薄く微笑んで、
- 「オランの冠無き貴族、サムダム様も、こんな人気のない時間にお散歩ですか? さすが暗闇の似合ういい御趣味ですね」
- 「いや、これは手厳しい……」
- そんな会話を皮切りにサムダム・ルバは『ハハ……』と、アム殿は『ホホ……』と上品に笑い会った。フム……この2人、どうやら初対面ではないようじゃ、まあ、アム殿は酒場の主人じゃからな、顔が広いのじゃろうと、その時はそう思っておった。
- 「そう言えば、あの事件、貴女という存在を知った時、私もまだ駆け出しの若造でしたね……」
- サムダム・ルバのヤツはその細い目をさらに細めて懐かしそうに言った。
- 「今は違うとそうおっしゃるのかしら?」
- 「私も貴方もあの頃とは違うと言っているのですよ」
- 「そう思うのなら、馬鹿な真似はしないで欲しいんだけど、無理でしょうね、貴方には……」
- そう言ってアム殿は、寂しそうに笑った。
- そしてワシはこの時初めてあのサムダム・ルバの笑顔以外の顔を見たんじゃ。
- ヤツの見開かれた目は、まるで餌に飢えた悪魔のそれのように赤い線がその眼球に無数に走っていた。
- 俗に言う充血ってヤツじゃ、それにしても異常な赤さじゃったがな……。
- 「私は貴方と事を構えるつもりは無い、そうあって欲しくないと言っているのです」
- 地の底から這い出す呪言の様にヤツは言った。
- まるでアム殿を脅しているかの様に……。
- それにしても何という禍々しい声じゃ。この男の言葉の前に、あの冒険者達が竦み上がるのは当然じゃ、それが証拠にワシも少々ビビッしまった。うむむ、いかん、膝が笑い初めておる。
- じゃが今度は先手を取らせてもらおう。
- 「どうした? フォレスト殿、膝が震えておるようじゃが?」
- 「ちっ」と、悔しそうなフォレスト殿の顔を見て『してやったり』と言う気分になるがやはりサムダム・ルバがまだ怖かった。
- じゃが、アム殿は平然と邪気を放ち続けるサムダム・ルバ言い放ったのだ。
- 「今ここで、貴方1人を倒すことは、今の私にも容易いことだわ」
- 一介の酒場の女主人が、オランを牛耳る黒い豪商にそう言い放ったのだ。
- 顔色一つ変えずに……、なんという肝っ玉の太さじゃ、ワシは思わず拍手を送った。無論、心の中でじゃが……。
- これにはさすがのサムダム・ルバも顔色を変えるじゃろう、そう思っておった。
- しかしヤツは、声を上げて笑ったんじゃ。
- 笑いにむせながら裏返った声で、
- 「そうですか、やはり貴方が私の前に立ちはだかりますか……」
- そう、愉快そうに言ったんじゃ。
- すると、アム殿は、そんなサムダム・ルバを無視するかの様に、ふとあの地面に寝かせた、駆け出して間もないラン、マギー、エシャの3人を見て、本当にいい顔で微笑んだ。
- 「いえ、多分、私じゃない……、あの時もそうだった、この子達に貴方は倒される……、老いた竜の翼がそれを見つめているわ……、残念ね、サムダム……、ここが貴方の最後の土地となる、この子達は招かれたのだから……」
- 土気より青いサムダム・ルバの顔がこの時マグマよりも赤くなった。
- 無邪気に気を失っている3人の少女達(お、1人は少年じゃったな……)。
- それを見つめるアム殿の透き通るような銀色の髪が、遺跡の中からの吹いてくる古代の風に小さく揺れた。
Commentary
解説
- すんません、アップ遅くなりました、しかも今回は短いっす。
- 実は大変な事が起こりまして。これはもうSATOの進退に関わる重要な問題です。
- 小説が書けないんです!!
- その訳は、なんと、
-
ワープロが壊れました。
- しかも、この「老公の翼」を打っている真っ最中、いきなり5枚目(4月16日午後11時の出来事でした)のあたりで画面が消えてしまったのです。
- あの中に、ただ今連載中のカッパや御愛読御礼 、果ては現在進行形の投稿作品まで入っていたんです。
- 今はつたない手つきでEsqlimaの機械を借りて、触ったことのないワープロソフトで賢明に打っている最中でした。
-
すげーヤバい……。
- 「今回は休みにしよう」とEsqlimaは言ってくれましたが、「いいや、絶対に書く」とこのような結果になりました。
- ああ、今後どうしよう……。
- 諸行無常のSATOでした。