Sato's Novel 1-2
老公の翼
第2話
- 「エシャ! マギー! ラン!」
- ワシがようやく遺跡にたどり着いた時、アム殿は、そこに倒れる若者……、いやまだ少女の面影を残す者達に声を掛けていた。
- ワシは、弾む息を整えながらアム殿とそこに倒れる3人に近付いた。
- しかし、それにしてもアム殿は足が早い……。
- ワシの知り合いのグラスランナーと良い勝負じゃ、しかも、あれほどの距離を全力(少なくともワシは全力じゃった)で走ったのにもかかわらず、アム殿は息一つ切らせていない。
- 酒場の女将と言うのも体力が基本なのだろうか?
- 元騎士団長のワシが追いつけなかったのだ。きっと材料の仕入れなど、週に何度もアウグステまで走って買い出しに行っているに違いない。
- 新鮮な魚介類の買い出しに、男の足で2日近くかかる道程を、魚を抱えて1日で疾走するアム殿が脳裏に浮かぶ。
- いやはや、客商売も大変なものだな。
- 「しっかりしなさい!」
- 1人の少女の肩を抱き揺さぶり叫ぶ。
- あれほど取り乱したアム殿を見たのは、後にも先にもこれっきりじゃったな……。
- ともかく、彼等、3人の少女達が倒れる前には、高さにして人の背丈の20倍、幅にしてその2倍、巨大な石戸が開門しておった。
- 初めて見る、オートルの遺跡であった。
- ワシも、今までいろいろな古代遺跡を見てきた、西方諸国や、オランの遺跡は勿論のこと、古代魔法文明の遺跡なども、任務により数知れず回った物じゃ、しかし、この遺跡はその何処の遺跡とも、様子が違っている。
- かつての文明の名残と言うか痕跡と言うか、そんな『匂い』みたいな物を感じることが出来なかった。
- なんか、こう、眺めていると、妙に神妙な気持ちになってしまう。
- まるで、生活から離れた位置に意識的に点在させておく場所……、やがて忘れ遠ざからねばならない意思…………そう、墓じゃ、その全体のオブジェが、この回りの簡素な環境が墓の様ん見えるのじゃ。
- その地下へと続く入り口となって突出した石戸はまるで巨大な『墓石』、そしてその回りの石塔は、その死を哀れ、花を手向けたように歪に円を書いている。
- ワシの気のせいだと言われればそれまでじゃがな、そんな風に見えた事は確かじゃ。
- ワシは、その全体を見つめながらそんな事を考えておった。
- 地下へ続く暗闇は、まるで亡骸を安置させる穴蔵の様に、水が染み込んだ土の匂いのする風が、ワシに向かって吹いてきていた。
- こう、なんと言うか、心の中が底冷えするようなそんな匂いだったよ。
- 「よかった、命に別条はないみたいね」
- アム殿は、3人の少女(後に1人は男だとわかった)を1人1人丁寧に確認すると、ホッと溜め息を吐く。
- 酷く安心したようで、微かに笑みも浮かんでおった。
- よかったのう。どれ、ワシも見てみるか……。
- 気絶している3人は、皆、顔を覆う様に、腕を交差させ、倒れておった。まるで、強い風から、身体を守る様に硬直して1人目はあお向けに、そして、2人目、3人目はうつぶせに、しかも目を開けたまま気を失っておった。
- まるで、強力なシェイドの魔法を掛けられように、精神力を根こそぎ持っていかれた様相を見せておった。
- アム殿は、扉に近付き、巨大な石戸を見つめ人の身体の3倍ぐらいの厚さの一枚岩の裏へと回り、1枚の紙を持って帰って来た。
- 「かつての忘れ去られた古代魔法のコモンルーン…、トラップになっていて、石戸の開放と同時に発動する様に仕掛けられていたのね」
- 訳のわからぬ文字が並ぶ1枚の紙切れ、しかし、その字が読めぬとも、その中心に書かれた獣の姿はこの世界に住む物ならだれもが知っている。古の種族、神殺し獣、ドラゴンのそれに酷似していた。
- やはり、王の懸念は……。
- 訝しげに考え込むワシをアム殿が呼んだ。
- 「ねえ、ギャグレイさん、この子たちを店に連れて行きたいの、ただとは言わない、夕食ご馳走するから、1人背負えない?」
- アム殿が言った。
- 「それは構わんが……」
- 「良かった、じゃあマギーをお願い、ランはフォレストが来るから、彼にお願いするわ、蜂蜜茎は、また後で取りに来ればいいわ」
- アム殿は、エシャと呼ばれる少女(後に実は少年とわかる)を背負おうとした、華奢な背中にぐったりと倒れる少女(後にこのエシャが男だと知る)は重かろう……。
- それでもアム殿は、彼女に気を使いながら、優しく背負う努力をしていた。
- 気遣うようにそっとな……、肉親以外には出来ぬ行為じゃ、ワシも眠った孫を起こさぬ様に良くおぶっていた物じゃ。
- 「良い姉を持ったもんじゃ」
- ワシはその微笑ましい姿を見て、心が朗らかになるのがわかる。
- 「ん? 姉じゃないし、妹でも弟でも無いわよ」
- なに?!
- ワシは驚いた。
- 「こんな大きな子供がおったのか?」
- エルフの歳はわからん物じゃ……。
- 「あのね、ギャグレイさん、この子たちはお客さんなの、あなたと同じ、会ったのも昨日が初めて、でもいい子たちよ」
- アム殿は微笑む。
- これは驚いた。
- 彼女、アム殿が向けるこの慈愛に満ちた行為は、肉親の情愛では無かった。
- 単なる客に、これほどまで尽くすとは……。
- 「なるほど、優しい女将じゃ、だがアム殿、これは過ぎた優しさ、一般技能しか持たぬ者が冒険者にここまで関わるとは、早死にしますぞ」
- まだ会って間もないというアム殿に対して少しきつい言い方じゃったが。じゃが、その時、ワシはアム殿は甘すぎると思った。
- 普通、冒険者の世界では、酒場の経営者と言えば、付かず離れず、営利と言う小さな突起で多少すり合う間柄だと思っておった。
- たった1人(いやここでは3人じゃが……)の客に酒場の女将がここまで親身に、しかもまだ出会ったばかりの駆け出しの冒険者に関わっていたら、命が幾らあっても足りんぞ。アム殿が、ワシと同等かそれ以上の腕前の持ち主なら道楽でそれもよかろうと思う、だがその細腕ではそれも出来まい。そう言いたかった。
- ワシは若い頃から、中途半端に他人にかかわって最悪命を落としてしまった人を知っている。だからこそ、この変わり者で人の良い女将に、そうなって欲しく無い為にそんな事を言ったのかもしれん。
- まあ、言ってみれば年寄りの忠告見たいなものじゃ。
- じゃがアム殿は厳しい顔をして見つめるワシの顔をじっくりと見て、ニッコリと微笑んだ。まるで、全てを包み込む慈愛に満ちた自然神(一般には大地母神と呼ばれる)『マーファ』の様にな……。
- 「優しくて悪い?」
- その圧倒的な笑顔。迫力すら感じられた。
- 「『優しい』って言葉に重さや数はないの、だから『過ぎる』って言葉は見合わない、付けちゃだめよギャグレイさん、この子たちにおごってあげた蜂蜜茶の味は、この子の心の中に生涯残るの、そして知った味は、やがて誰かに与える優しさになる、そうやって世の中って回ってるじゃないのかしら?」
- まさに圧巻の一言じゃ、アム殿のこの言葉、納得出来ないと思えば、自身の小ささを知るばかりじゃ。
- 「いやはや、余計な事を言ったようじゃな」
- ワシは素直に詫びたよ。
- この女主人、ワシの考えよりずっと先を読んでおった。
- 彼女の、アム殿の優しさは、ここに倒れる者達にとどまる事なく流れ続ける。それは、決して目先の情などではなく、恐らく命すら投げ出す覚悟をもってして、客に当たる。
- 一期一会の精神に他ならない。
- 客商売の鏡の様な方じゃ。
- ほとほと関心して、ワシは『マギー』と言う少女を背負った。
- そして、丁度、あの慌てて店に入って来た男、フォレストがやってきた。
- 「フォレスト、ランをお願い」
- アム殿の言葉に、フォレストは残った1人の少女を背負い、
- 「お、軽いな、この子なら、崖から飛び下りて来ても受け止める自信があるぜ」
- と言う勇ましい言葉に、
- 「そう? 案外、全身打撲で息子の世話にならなきゃ良いけど?」
- 「勘弁してくださいよ、アムさん」
- アム殿の冷ややかな突っ込みにワシも笑った。
- さて、そろそろ店に戻ろうかと思った時、妙に嫌な風が、ワシの背後から、つまり遺跡ではない道の方から吹いて来たんじゃ。
- その背後に、冒険者風の男が3人。
- 随分、殺伐とした目をしておったのが印象的だった。
- 「おい、扉が開いているぞ」
- と大きめの剣(多分、クレイモアだと思う)を携えた男がまるでワシらなど眼中にない様に言った。
- 「なんだ? 意外にあっけなく開いちまったな……、誰が開いたんだ?」
- と、ダガーを数本、腰に差した男が言う。
- 「手柄は俺たちの物にすればいい、見ろよ、ジジイと盗賊崩れ、女しかいない、口封じをするにしても、脅すにしてもたやすいだろう?」
- 3人の中でも、一番小柄な男が言った。
- 「ちげーねーな」
- 品のない笑い方で、威嚇する目は常にワシらに向かれておった。
- うぐぐ……、おのれ!
- フォレスト殿は、直ぐに『ラン』を下ろし、腰から少し長めのダガーを抜いた。
- ワシも続いて腰の剣を抜く。
- オラン元騎士団長の剣を思い知らせてやる。対するファイターの男は無言で剣を抜きワシらに対峙して来た。
- 「おいおい、こいつらやろうって言うのかよ!ヒャーヒャッヒャ!」
- シーフ風の男が猿の様な笑い声を上げながらダガーを構える。
- だが、ワシの警戒心は、そのファイターの男の何気ないかまえに向けられていた。
- 冒険者の、誰にも教えられたことのない我流の剣、それゆえに隙がなく、実践向けなのじゃ。しかも相手がどのような武器を持つ人間、もしくはモンスターでも対応してゆく。武道の要、『一を持って万に当たる』を身体に刻み付けておる。強いなこの男は、正直そう思ったよ。
- 堅く張り詰めた空気、森の香りに混ざって金属の匂いが溶けてゆく。
- 少なくともアム殿とアム殿が守ろうと思ったこの少年少女たちは守れねば。
- ワシは覚悟した。
- それはワシの横にでてきたフォレスト殿も同じ気持ちであった。
- 彼は何も言わず、ワシの死角にかぶる様に立つ。それは彼の死角をワシがかぶっているとも取れる。
- ムム、出来るなこの男。
- お互いを盾に、お互いを剣にした構え、じりじりと詰められない間合いの中で、数秒が数時間に感じられる濃縮した時が過ぎていった。
- その時じゃった。
- 「剣を納めなさい!」
- 生暖かな間合いを割く凛とした声、アム殿の声であった。
- するとどうだろう、対峙していた男は剣を納めるではないか……。
- アム殿は素手、しかも、あのクレイモアじゃ、一足飛びに両断出来る距離までアム殿は入っていた。
- じゃが、剣圧に怯え、引くどころかさらにアム殿はジリッジリと前に進んだ。
- その身体の隙の無さ、眼光きらめき、驚く事に下がったのは剣を持つ男達の方じゃった。
- 冒険者が、酒場の女将に迫力負けしたのじゃ。
- なんというあっぱれな気迫。その覚悟の前に思わず剣を納めてしまったのじゃ。
- 気が付けば、おお、どうした事じゃ、敵ばかりでなく、思わずワシも剣を納めているではないか……。
- アム殿は毅然とした態度で対峙する3人を見つめ、さらにその背後まで眼力を向けておった。
- ワシもそれには気が付いておった。
- もう1人いる。
- その人物は、木陰から姿を表す。
- それは、オートルへワシが訪れた理由。
- サムダム・ルバに他ならなかった。
Commentary
解説
- 第2話、楽しんでいただけたでしょうか?
- 多分、このプレイを行った人物も知らない事実。そんな話を書いています。でも、会っているんだよね、気が付かなかっただだけで…。そのうちまた、旅に出ましょうね、お三方、今度はギャグレイ爺さんと一緒に。
- じゃあ、他の方は、リプレイの出来上がりを楽しみに、また来月お会いしましょう!