Esqlima's Novel 2-1
いつか、君だけのための歌を
その1
- 「……!?」
- ミノタウルスの渾身の一撃を覚悟した、魔術師の女はギュッと目を閉じてしまい、次の瞬間何が起きたのかわからなかった。
- 恐る恐る目を開けると、自分に止めを差そうとしたミノタウルスは、逆に止めを差されて固まっていた。
- 「……おい、大丈夫か!?」
- 顔を上げた彼女は、声の主に腕を持ち上げられて、強引に立たされた。
- 「え……?」
- 「運が悪いな……、君のパーティも全滅か」
- 彼女が辺りを見渡すと、自分が雇った冒険者達が全員倒されていた。その先には別の冒険者達も屠られていた。
- 「そ、そんな……!」
- 再度膝を折りそうになる彼女に、
- 「しっかりしろ!」
- ともう一度、彼女を立たせる。
- 「まあ……、俺の雇ったのも全滅してるから、とやかく言える立場じゃないけど」
- 声の主……、青年は呟きつつ、彼女から数歩離れる。右手のバスタード・ソードをブンと振り、ミノタウルスの血を払い落としていた。
- 見た所、青年は傭兵のようだ。腰には小型のクロスボウと、背中には背負い袋が下げられていた。意外にも背があまり高くなく、彼女が大柄な所為もあるが、並んでみても、彼の方がギリギリ拳1つ分高い、そんな感じだった。
- 「君のことは知ってる……」
- 青年は、剣を鞘に収めて、彼女の前に歩み寄る。
- 「オレリアン魔術師ギルドの異端児の1人、”冒険者マリエール”って、君だろう?」
- 銀色の、少し長めの髪の下には、青年と言うよりも”少年”と言った方がしっくりくる、そんな顔があった。
- 「……私も、貴方のことは知ってるわ」
- ローブの埃をポンポンと叩き落としながら、負けじと彼女……、マリエールも口を開く。
- 「アレクラスト大陸・ロマールの傭兵、確か、”銀の髪のマーク”……」
- 「へえ……、さすが耳が早い、その名は伊達じゃないんだな?」
- マークが感心する横で、
- 「ここまで若いとは思ってなかったけどね……」
- と小声でぼやき、マリエールは足元にある杖……、魔法の発動体を手に古代語魔法の一節を唱えた。
- 「メルティア、おいで……」
- 遺跡内に、何処からともなく大きい鳥が飛んできてマリエールの肩に留まる。使い魔の梟だった。
- 「隠しておいて良かった……」
- と呟いて杖を振り、古代語を詠唱すると肩にいた梟が一瞬で消え、次の瞬間には遠くを滑空していた。
- 「何度見ても使い魔って凄いな……」
- また感心するマークに、マリエールは首を竦める。
- 「燕とか鳩なら、もうちょっと小回り利くんだけど、何か私に似て大きいのよね……」
- 自嘲するマリエール。大柄で太めなのを気にして自身の体を見回すが、
- 「それでも、俺には遺跡の偵察は無理だから、居てくれて助かる……」
- とマークはフォローした。
- 話題がなくなった2人は、唐突に口篭る。
- マークは怪物の気配を警戒しているが、落ち着かないのか歩き回っていた。
- マリエールは放った使い魔に精神を割いているので座ったままだが、杖を握ったり傍らに置いてみたり、こちらも落ち着かない様子だ。
- 長い沈黙を破ったのはマークだった。
- 「俺、戦うこと以外は何もできないから、魔術師がいてくれたら助かるんだけど……」
- 答えるようにマリエールも口走る。
- 「私、戦闘はからっきし、さっきみたいに怪物に襲われたらひとたまりもないわ……」
- 「じゃあ……」
- 2人の声が揃った。
- 「オレリアンに戻るまでの間、相棒と言うことで」
- マークが、
- 「ひとまず、よろしく」
- と手を差し出す。
- 「こちらこそ」
- とその手を取り立ち上がるマリエールの元に、偵察に出ていた使い魔の梟が舞い戻ってきた。
- 「……囲まれたか」
- 舌打ちし剣を抜くマーク。
- 「またゴブリンなの……!?」
- マリエールも杖を構えた。
- 「一体何匹出てくるんだ!? 14? 15?」
- 「……今見えてるので14匹、敵意満々ね、前方10、後方4って所かしら?」
- セージの技能で、正確な数と位置をマークに伝えると、
- 「手前に10か、多いな……、できれば攻撃魔法で倒してくれ、俺の援護は良いから」
- 「わかったわ」
- とマリエールは杖を振りかざした。
- 呼応するようにマークは走り出し、目の前に迫ったゴブリンを1匹、間髪入れずに薙ぎ払った。
- 精霊に呼びかける精霊魔法、神の加護を借りる神聖魔法と違い、古代語魔法は、詠唱と同時に複雑な身振りで杖を振る……、魔力の源であるマナを、直に物質から引き出すために、時間がかかるのだ。
- その間は、術者であるマリエールは無防備なので、その時間稼ぎをマークが請け負っていた。
- まるで昔から相棒だったかのように、2人の動きは連携とバランスが取れていたのだ。
- 「マーク! 全力で走って戻って、私の後ろに下がって!」
- ゴブリンを3匹ほど倒したマークが、マリエールの呼びかけで戻ってくる。
- 「大いなるマナよ、巨大な炎の玉となり、敵すべてを焼き尽くせ……!」
- 詠唱が終わるとマリエールは右手を突き出し、炎の玉を打ち放った。
- 前方にいたゴブリン6匹、あっという間に炎と爆発に飲み込まれる。
- 「……っ!」
- 爆発の衝撃で吹っ飛ばされそうになるマリエールを、咄嗟にマークが受け止めた。
- 「大丈夫か……!?」
- 「ええ、ありがと……」
- とマリエールが振り向くと、後方にいたゴブリンが4匹、怯えて逃げ出していった。
- 「……凄いな、威力」
- とか呟きながら、心の中で、
- 「あーあ、全部消炭かよ? 調べようがないじゃないか」
- とツッコミを入れるマーク。
- 「やっちゃった……、違う魔法にすれば良かった、これじゃ、調べようがないわ」
- と肩を落とすマリエール。
- 思わず吹き出すマークに、マリエールは「何よ」と膨れる。
- 「終わったことは仕方ないよ、……先に進もう」
- 剣を背中の鞘に収めるとマークが歩き出す。マリエールは気を取り直して、足早に彼の後を追うのだった。
- 「この遺跡……、本当に何もないわね、あるのは簡単な鍵と謎解き、怪物もゴブリンばかり……」
- 遺跡の壁を調べながら、マリエールがぼやく。
- 「……でも、自然にできた物ではないんだろう?」その後ろで、ランタンを掲げているマーク。
- 「うん、全部石造りだもの……、ゴブリンは勝手に住み着いてるみたいだし……」
- 調べながら歩くマリエールに合わせて、マークもランタンを持って歩く。
- 「すまないな、こっちの調査まで押し付けてしまって……」
- 調査の邪魔にならないように、一歩下がっていたマークが小声で謝る。
- 「また謝ってる……、私達って相棒じゃなかったの?」
- 手を止めずにマリエールは悪戯っぽく笑う。
- 「……ああ、そうだったな、すまない」
- マークが頭を下げると、
- 「ほら、また謝ってる……」
- と手を止めて、苦笑いを零すのだった。
- 「もう駄目、休憩、疲れちゃった……」
- 調べ始めて小1時間ほど、マリエールはその場に座り込んでしまった。
- 「はい、これ……」
- マークはランタンを置くと、背負い袋から水筒を取り出してマリエールに手渡した。
- 「ありがとう、頂くわね……」
- マリエールが口を付ける。中身は水で薄めたワインだった。
- 向かい側にマークも無造作に腰を下ろすと、背負い袋から竪琴を取り出して、呪歌を奏で始めた。
- 「これって……、ヒーリング?」
- 「そう……、少し長く歌おうか?」
- と爪弾きながらマークが問うと、マリエールは首を横に振った。
- 「それは駄目よ、貴方が疲れてしまうじゃない? ……でも、私、呪歌じゃない、貴方の歌が聴きたいわ」
- とマリエールは期待に目を輝かせている。
- 「……困ったな、バードはまだ日が浅いから、持ち歌がなくて」
- と頭を掻くマークに。
- 「うーん、仕方ないわね、じゃあ、持ち歌できたら教えてね、一番最初に聞きに行くから」
- とマリエールは残念そうに溜息を吐いてから、屈託なく笑う。
- 「わかった、いつか、な……」
- とマークは頷き、歌のない演奏を続けていた。
- 「……誰かが作った歌じゃ、駄目かな?」
- 不意に一度、弾くのをやめるマーク。
- 「え? そんなこともできるの?」
- とまた目をキラキラとさせるマリエール。
- マークは頷いて、1本、2本と弦を弾く。
- 今までとは違う、優しく、少しだけ物憂げで、懐かしい、まるで子守歌のような曲調だった。
- 「誰も省みぬ深き森の奥、異形の子ら住めり、罪を知らず、憎むことを知らず、ただ、互いを慈しむ心のみを知り、ただ、手を携える日を信じて……」
- マークは最後の一節まで歌い、演奏を終わらせた。
- 「おい、どうした!?」
- マークが彼女の異変に気付く。
- 「……す、すっごく良かった、……良い歌ね、これ」
- マリエールはしゃくり上げて泣いていた。
- 「……俺の歌じゃないんだけどな」
- マークは、ほんの少しだけガッカリしてる自分に気付いて、自嘲する。
- 「……まあ、良いか、喜んでくれたのなら」
Quotation
引用
- ソード・ワールド短編集「スチャラカ冒険隊、南へ」「かくもささやかな凱歌」より。
Commentary
解説
- リプレイ「魔法使いのお使い」、小説「賢者の復讐」から約25年。
- ようやく続編である、この小説「いつか、君だけのための歌を」、略して、
「いつ君」
が完成しました。(「君歌」と略すと、「君に○け」とか「四月は○の嘘」の略と被るので/汗) - ……と言いますか、約25年間の難産の原因はマーク。
- 彼のイメージが固まらず、四半世紀も潰すことに(苦笑)その約25年前に「マークとマリエール」を水彩絵の具で描いたのですが、もうキャラクターがすっかり変わってしまってますね(トホホ……)
- マークは、これを書き始めた当初は、まだかろうじて”人間”だったのですが、マリエールとレイシュウが、とにかく灰汁が強くて(苦笑)キャラクターの差別化を図るためと、彼の元ネタである”彼”を形容して、あと「後に続く話の伏線」として、マークを”ハーフエルフ(人間)”に変えました。