Esqlima's Novel 2-2
いつか、君だけのための歌を
その2
- 遺跡や洞窟は一度入ると、昼夜の感覚が鈍くなるか、中には感覚そのものが狂ってしまう者もいる。
- どんなに経験を積んだ冒険者でも、例外なく襲ってくる、それを”ある種の病のよう”と形容する者もいるくらい。
- もちろん、それを全く気に留めない種族も……、洞窟を住まいにしているドワーフ族だ。
- この2人も例外ではないようだ。
- 「……寝なくて大丈夫か?」
- 一頻り爪弾いて、マークが竪琴を仕舞おうとすると、マリエールは腰に上げていたベルトポーチから、手のひらに納まる大きさの、トパーズに似た石を2個取り出した。1つは目も眩むような青白い光を放っていたが、もう1つは今にも消えそうな、か細い光だ。
- 「さっきのファイアボールがいけなかったのね、もう少し節約しなきゃ……」
- と呟きながら目を擦っていた。
- 「それが魔晶石か……、じゃなくて、少しでも寝ないと」
- 「今もう夜なのかしら? ……眠いものは眠いのね」
- とマリエールは口元に手を当てて、欠伸を隠した。
- 「……俺もちょっと限界」
- マークも目を擦りながら、手近な物……、木屑とかを集めていた。
- 「……ゴブリン、もう出てこない?」
- 近寄ってきて隣に座るマリエールに、
- 「交代で見張りを立てれば大丈夫だろう」
- とマークは背負い袋から火口箱を取り出し、集めた木屑の1つに火を着けて、木屑の中に投げ入れる、即席の焚き火ができ上がった。
- 「君が先……、後で見張り代わってくれ、じゃ、おやすみ……」
- 「……うん、おやすみ」
- と呟いて、マリエールは膝に顔を埋めた。すぐにスヤスヤと寝息を立て始める。
- 「仕方ないなあ、もう……」
- マークは小さく笑うと、起こさないように彼女の頭をゆっくりと自分の膝に乗せて、肩に毛布をかけた。
- 「子供みたいだな、ホントに……」
- 小さな声で呟いて、寝ている彼女の頭を撫でてやった。
- 見張りを交代したマリエールは、膝を抱えながら焚き火を見つめていた。
- 隣をチラ見すると、剣の鞘を手前に抱え直して、もたれかかって眠るマーク。
- 「……何よ、私より綺麗な顔して」
- 心の中でぼやいたつもりだったが、うっかり呟いてしまい、慌てて口元を押さえるマリエール。
- 「……良かった、起こしてない」
- と胸を撫で下ろす。
- すると寝心地が悪かったのか、マークが首の角度を変えた。耳にかかっていた銀の髪の束が前に垂れる。
- 「あ……っ!」
- マリエールは思わず声に出して驚いた。
- その銀の髪の間、彼の耳がほんの僅かだが、尖っているのが見えたからだ。
- ……ハーフエルフ?!
- 人間とエルフの間に生まれる不遇の種族。余程両親や周囲の理解がない限り、彼らの生涯は幸せとは言い難い。人間の社会からも、エルフの集落からも除け者にされる、孤独な種族だ。
- 彼女の偏見かもしれないが、冒険者稼業、特にシーフや、魔法を使う職種に多いという認識があった。
- しかし今まで、冒険者の店で見かけても、雇うことはあっても、ここまで間近で見たことはなかった。「私より綺麗な顔」も、彼がハーフエルフなら納得が行く。
- 焚き火に照らされてオレンジ色に染まっているが、サラサラの銀髪の下には、雪のように白く透き通った肌があった。近くで見ないとわからないが、思ったよりも目が大きく、睫毛が長い。口元は剣の鞘と袖で隠れて見えないのだが、口はあまり大きくなく、唇は薄かったように思う。やはり青年と言うよりは”少年”、もしくは”少女”といった顔立ちだった。
- ハーフエルフは一部の例外を除いて、総じて人間より長生きだ。初めて逢った時の第一印象「ここまで若いとは思わなかった」は別に穿った見方でも、間違いでもなかったのだ。
- 「……」
- まるで魅入られたかのように、マリエールは彼の顔に手を伸ばす。
- 指に寝息がかかりそうな、もう少しで触れそうな所で、気配を感じたマークが目を開いて、その状況に驚いた。
- 「……!? なっ、どうした?」
- 「え、えっと……、頬にゴミが着いてて」
- と慌てて取り繕うマリエールに、
- 「ああ、そうか……、ありがとう」
- と安堵の微笑みのマーク。
- 「怪物とかが出て起こされたのかと、そんな気配がしたから……」
- 「そっ、それは大丈夫……」
- そんな受け答えの中、マリエールは「何て勘の良さなのよ!?」と心の中で舌打ち。
- 「うん、見たらわかる、良かった、戦いにならなくて……」
- 周りを見渡して、マークはもう一度、安堵の微笑みを浮かべた。
- 「ごめん、安心したら眠くなってきた……、もう一度寝て良いか?」
- と欠伸をするマークに、
- 「……うん」
- マリエールは頷くしかできなかった。
- 見張りを交代し合う数時間ずつの休憩の後、マリエールは彼を問い詰めていた。
- 「言ってなかったっけ……? ハーフエルフだ、って……」
- マークは背負い袋の整理をしながら、顔を上げずに言った。
- 「聞いてないわよ? ずっと人間だと思ってたから、何よ、このガキは!? って……」
- 同じように背負い袋を整理していたマリエールが顔を上げた。
- 「……一体、いくつなの?」
- 怪訝そうに尋ねると、
- 「28歳……、じゃなくて、”28年生きている”……と言った方が良いのかな?」
- と彼から答えが返ってきた。
- 「え!? じゃあ、6つも年上ってこと!?」
- 驚いて、慌てるマリエール。
- 「へえ……、君は22歳か」
- とマークは彼女の上から下までを眺めて、ニヤニヤしながら頷く。
- 「ちょ、ちょっと……! 何見てるのよ?!」
- 真っ赤になりながら怒るマリエールに、
- 「いや、……良いんだ、何でもないから」
- と取り繕いながら、心の中で「おいおい、どっちが”ガキ”なんだよ!?」と思わずツッコミを入れるマークだった。
- 「……辛くないの?」
- 唐突な問いの意味がわからなくて、マークは瞬きした。
- 「辛い? 俺が?」
- 「だって、人間からもエルフからも嫌われて、行く所なくて冒険者になる、……私は、冒険者しか知らないけど、でも……」
- 上手く表現できなくて、マリエールは俯いて唇を噛む。
- 「……君が思うほど不幸じゃないよ」
- 重くなった空気を払うように、マークは笑った。
- 「俺の家は傭兵を生業としてて、両親も妹達も親戚も皆、人間の傭兵なんだ……、だから家業が忙しくて、物心付いた時にはもう、傭兵ギルドの仕事に借り出されて、人間とかハーフエルフとか”取り替え子(チェンジリング)”とか、悩む暇もなかった」
- と故郷を、家族を懐かしむように話す。そして、何かに気が付いたように、ハッを顔を上げる。
- 「違う……、今思えば、両親や周りが”わざと”悩む暇なんて与えなかったのかもな……」
- 1人納得して頷くマークに、
- 「……って、そっちじゃないってば! 貴方、今”取り替え子(チェンジリング)”って!?」
- まるで掴みかかるかのように詰め寄るマリエール。
- 「今、言わなかったっけ? 俺以外は全員、人間だ、って……」
- あっけらかんと笑うマーク。
- ハーフエルフで傭兵だと言うだけでも珍しいのに、さらに”取り替え子(チェンジリング)”のおまけ付き、衝撃の事実のオンパレードだった。
- 「……何かもう、驚き過ぎてクラクラするわね」
- 頭を押さえて苦笑いするマリエールに、
- 「何か、申し訳ない……、色々驚かせて」
- とマークも苦笑するのだった。
- 遺跡の最深部、罠を制御する機械仕掛けのゴーレムを前に、2人は膠着状態を強いられていた。
- 「駄目だ、効いてない……!」
- 破壊を試みようと剣を打ち込んで1時間。疲労困憊のマークが剣を支えに片膝を付いた。
- 「レンジャー技能もセージ技能も駄目……、アンロックも反応しない……、あの時、シーフが1人でも生き残ってくれてたら……!」
- 彼の後ろにいたマリエールも頭を抱えて呻いた。
- 「……エンチャント・ウェポン、頼めるか?」
- 彼女の盾になり後ずさりしながら、マークは歯を食いしばり、剣を支えに立ち上がる。
- 「呪文は良いけど、無理よ!剣で叩いても魔法をぶつけても、びくともしなかったのよ!?」
- マリエールはかぶりを振って反論する。
- 「やってみなきゃわかんないだろ!?」
- 思わず声を荒げるマークにマリエールは、
- 「魔法で強化したって同じじゃない!? 武器で魔法をぶつけるだけでしょ!?」
- と食ってかかった。
- ここに到達するまでは、お互いが昔からの相棒だったように連携が取れていたのに、到達してからの1時間以上の対峙が、2人の築き上げてきたものを全て、元の木阿弥に変えていた。
- 「……」
- 意思の疎通も取れず、怒鳴り合うのもやめて、2人は本来の敵そっちのけで睨み合う。
- その時、重苦しい雰囲気を払いのけ、2人を諌めるかのような、
- 「仲良く喧嘩を始めてる場合じゃないですよ? お2人さん」
- 聞き覚えのある声、冗談めかした口調にマリエールはハッと顔を上げた。
- 「……レイシュウ様!」
- 突如、2人の前に背の高い、眼鏡の男が現れた。
- 古代語魔法のテレポートで現れたのは、彼女の元兄弟子、オレリアン盗賊ギルドの幹部レイシュウだった。
- 「……傭兵マーク殿ですね、はじめまして、レイシュウと申します、元妹弟子がお世話になっております」
- 恭しく会釈する。
- 「……貴方は一体?」
- マークの問いにレイシュウは、
- 「今は盗賊ギルドに席を置いてますが、元々は魔術師ギルドに……、で、マリエールが遺跡から4日も帰ってこない! と、私の妻からの必死の訴えで、盗賊ギルドを抜け出して、様子を見に来ました」
- と爽やかな笑顔だ。
- マークは心の中で「助けに来たんじゃないのかよ?!」とツッコミを入れていた。
- 「まあ、1つでもパーティが残っていたら、放ってさっさと帰るつもりでしたが……、シーフは1人もいないようですし、助けなければなりませんかね?」
- と喋りながらレイシュウは遺跡内を歩き回り、罠を片っ端から解除していく。
- 最後に、ゴーレムの後ろに素早く回り込み、攻撃を避けながら、器用に仕掛けを1つずつ外していく。
- 「はい、これでお終い……」
- 仕掛けの中から1本の細い金属を抜き出し、その辺に放り投げる。
- するとゴーレムは岩の塊になり、ギシギシと響いていた岩を擦るような騒音は消えた。
- 「この遺跡はもう用済みです、盗賊ギルドの下調べと魔術師ギルドで解析した古文書によると、ここは元々、盗賊の訓練施設だったようです」
- とマークに朗らかに説明し、
- 「……だから「ちゃんと下調べしてから行きなさい」とあれほど忠告したのに!」
- とマリエールをギロッと睨んだ後、デコピンを一発お見舞いする。
- 「いたっ……!」
- 額を押さえて涙目の彼女を余所に、レイシュウはマークに頭を下げた。
- 「本当に申し訳ありませんでした、彼女の不始末で、そちらに大変な被害を……」
- 「……いや、俺達は冒険者ギルドの依頼だったから、それに、彼女がいなければ俺も助かってなかったですし……」
- 「そうですか……、しかしながら彼女の護衛まで、ありがとうございます、個別に報酬をご用意させて頂きます」
- 「報酬は良いので、あんまり彼女を叱らないであげてください……」
- マークは苦笑いで取り繕う。
- 額を擦りながら歩み寄ってきたマリエールに、レイシュウは目配せする。
- 「まあ、お説教も終わりましたし……、長居は無用です、帰りましょう」
- と言いマークとマリエールの腕を両手で掴む。
- いきなりだったのでマークは慌てていたが、レイシュウはお構いなしに、
- 「今から帰るので、しっかり掴まっていてください……、忘れ物だけは気をつけて」
- と続けて、テレポートの詠唱を始めた。
- 「……怖かったら目を閉じてて」
- とマークの手を取り、マリエールが耳元で囁く。
- 次の瞬間、3人の姿は跡形もなく消えていった。
Commentary
解説
- 「いつ君」その2、如何だったでしょうか?
- この話で、マークの生い立ちに触れています。
- 実は「ハーフエルフで、さらに”取り替え子(チェンジリング)”」は、PC(プレイヤーキャラクター)としてはあまり望ましくない、GM(ゲームマスター)の判断で許可か、却下かが決まる……、らしいですね。
- 意味合いとしては、ダークプリースト、ドラゴンプリーストの次くらいに「特殊」と言う感じでしょうか?(最も、ダークプリースト、ドラゴンプリーストは完全に「NPC(ノンプレイヤーキャラクター)専用」として、棲み分けができているのですが……)
- それはさて置き、この解説では、もう1人の男性キャラクター、レイシュウについても触れておきましょう。
- 実はここだけの話、リプレイ「魔法使いのお使い」の依頼主はエミルファではなく、彼でした。
- 迎えたプレイの当日、集まったプレイヤーは男性ばかり、女性はティア役だけ。すんなり依頼を受けてもらうために、エミルファを急遽作り、レイシュウは裏エピソードである小説「賢者の復讐」の主人公にしました。もし集まったプレイヤーが女性ばかりなら、迷わず彼を依頼主にしたでしょう。
- 知られざる経緯の、まるで「合わせ鏡」みたいな2人、どうせならくっ付けてしまえ! と恋人同士を得て、夫婦となった訳です。