Sato's Novel 1-5
老公の翼
第5話
- 昔からそうじゃが、どうもこの『迷宮』のしかも地下で石造りと言うのが好きになれん。
- 暗いわ、ジメジメしているわ、足の裏がむず痒くなる(水虫ではないぞ)気がしてならん。
- 足場も悪くて、踏ん張りがきかん、剣撃にも力が入るかどうか不安じゃな……。
- などと足元の心配をしている間にも、フォレスト殿の背中はどんどん小さくなっていった。
- 「どーした? じーさん、置いてっちまうぞ」
- そんなワシの様子を振り向き、笑う目でフォレスト殿は言った。
- 「ひとまず様子見じゃ、フォレスト殿、あまり深入りしない方が良いのでは無いのか?」
- ワシはフォレスト殿に追いついて言った。
- 「だがな……、初の迷宮、初の隠し通路……、と来れば、初のお宝と続くんだがな」
- 既にフォレスト殿は当初の目的を忘れ、完全に一冒険者、と言うより単なる墓盗人となっていた。
- まあ、アム殿の話しだとフォレスト殿は元々、大陸で名を馳せた『トレジャーハンター』だったらしい。と言ってもワシは聞いた事は無いんで、あの『銀光の牙』や『影断者』と言った伝説クラス程ではないようじゃな……、それなりに腕は立つが、ほどほどと言ったところかのう。
- 「じーさん、今、一瞬、俺に対して失礼な事考えなかったか?」
- ………………悪意と言うのは伝わるもんじゃな…………。
- ワシとフォレスト殿は、当初の予定よりだいぶ深い所より入り込んで来た。
- 中には、突然消失する床。壁に寄りかかると突然現れる先の見えない気が長くなりそうなシューター。上下が反転する奇妙な空間をくぐり抜けた。もちろん、フォレスト殿がいなかったら100パーセント、ワシ歯トラップの餌食となっていたことじゃろう。これらのトラップは、よほどシーフ技能が高いか、それこそ悪魔にでも魅入られた悪運の持ち主でなければ回避は不能と言う事じゃ。
- 「行けども行けども石の壁ばっかだな……」
- 呟くフォレスト殿。
- 「何も無いんじゃないか?」
- 「みたいだな……」
- フォレスト殿がそう言いかけ、急に口を噤んだ。
- 「どうした? フォレスト殿?」
- 「いや、そうでも無いみたいだぜ……」
- 彼方へ続く闇を見つめるフォレスト殿の瞳は、まるで獲物を見つけた猫の様に、ただ一点を凝視ししていた。
- フォレスト殿見つめる先の闇にぽつんと一点の明かりが……、それは徐々に近づき、人の肩の輪郭を作り出す。
- 「下に行った筈の奴がなぜここにいる?」
- フォレスト殿の顔は喜びに満ちていた。
- 驚くべき事に、あのサムダム・ルバと一緒にいたあの剣士がワシ等の前に姿を現したのである。
- つまり、ワシらが歩いているこの地下迷宮一階の隠し通路は確実に下に続いていると言うことになる。
- 「…………なぜ……、貴様等がここにいる?」
- ワシ等を見つめるその剣士も驚きが隠せないようだった。
- 「自分等だけ入って、後は鍵をガチャリ……ってか? えげつねー事するぜ」
- フォレスト殿は憎しみというか、苛立ちをぶつける様に言う。
- 「……貴様等がどうやってここにこれたのかは知らぬが、これ以上進むと命の保証はできんぞ」
- 殺意など微塵もなく剣士は言った。
- …………いや、殺意と言う必殺の気迫以前に、この剣士、本当にワシ等に対して敵意を向けてはいないのじゃ。
- それはフォレスト殿も感じておったらしい、彼もまた腰に下げた剣を抜くそぶりさえないのじゃ。
- 「じゃあ何か? この先に進めば俺達は死ぬって言いたいのか?」
- フォレストの不躾な質問に剣士は頷き、
- 「無論」
- と頷き、
- 「『神殺しの獣』に挑むつもりなら、同じ剣士として止めはせぬ、その死に様、あのアムとか言う女将に伝える役ぐらいは買おう」
- 至極まじめにその剣士はフォレスト殿ではなくワシの目を真っ直ぐ見つめて言った。
- 「…………やはり、ここはドラゴンの迷宮なのか?」
- ワシの質問に再び剣士は頷く。
- 「無論」
- 何ということじゃ……、やはりドラゴンは……。
- 「じゃあ、そんな所で剣士さんは何やっているんだよ?」
- 「これより、我が盟主、サムダム・ルバ様が、ドラゴンをお倒しになる、無論、サムダム・ルバ様の勝利は揺るぎない物ではあるが、その尊大な力のぶつかり合いにより、この迷宮に大きな被害が及ぶ事が予想される、その為、1階でこの迷宮を封鎖し、人的被害を出さないよう勤め、並びにこうして回って注意を促していたところだ、宝探しなら、サムダム・ルバ様がドラゴンを倒した後にゆっくりとやるが良い」
- 剣士は胸を張って一気に言い立てた。
- 見上げた物じゃ、この剣士、自分の行っている『義』に一部の疑問も無く従事しておる。
- 誇り高くな……、言ってしまえば、ワシが王に従事するも忠義の義。そしてサムダム・ルバに従事するこの剣士も己の正義を貫いていると言う事じゃ。
- 主事が違えば正義も違う。いささかやりきれんのう……。
- そんな複雑な思いの感心するワシを見て、気が付いた様に、剣士は一礼し言った。
- 「そう言えば会うのは2回目、まだ名を言っていなかった。失礼いたした、私は、盟主サムダム・ルバ様に仕える一剣士、ジェイク・エルクラウド」
- その名乗りに答えぬ訳にはいかない。
- ワシも一礼して、
- 「ワシは、騎士、ギャグレット・ギャグレイ」
- すると剣士ジェイクは、子供のように目を丸くして、
- 「おお、オランの騎士団長、あの『専心防御のギャグレイ』殿でありまするか?」
- この男、なぜその名を…………? じゃが、その疑問の前にオランのワシを知る者には断って置かねばならぬ事があった。
- 「今は定年で隠居の身じゃ、オランとは全く持って無関係じゃ、仕事できている訳ではないぞ、断じて王の勅命で来ているわけではないないんじゃ、道楽じゃよ、道楽」
- アム殿とのやりとりは、妙にドギマギしてしまったからな、今度は堂々と言ってやった。
- ま、これだけ言えば信じるじゃろう。
- 「それは長年ご苦労様でしたな、良い余生をお過ごしになっているご様子、時間があれば一手ご教授願いたいものです」
- よーし! 信じたようじゃ。
- 「じーさん、結構有名なファイターだったんだな」
- フォレスト殿が、改めてワシを見てそう言った。
- じゃが、ワシがその言葉に反応する前に、
- 「何を申される、このギャグレイ殿こそ、騎士の中の騎士、『戦う平和主義者』またの名を『勇気ある敗走者』『正義を冠した卑怯者』としてオランに名を馳せたファイターであるぞ」
- ジェイクは一気にまくし立て、ワシを見て誇らしげに微笑んだ。
- なんか、いつもの事じゃが、誉められている気がせんのう……。
- 「なんか? 矛盾してねーか?」
- フォレスト殿の言い分ももっともじゃ、現在のオランの名の通った酒場でもワシが強いか弱いかと言う話題は酒の肴にされているらしいからな。まあ、どうでも良いことじゃが……。
- ジェイクは一応と外へ向かう道をワシ等に教え、
- 「この辺の魔物ならギャグレイ殿にとっては子供だましみたいな物でしょう、しかし、これより下層は高レベルのモンスターが群雄闊歩しております、お1人では難しいと思います」
- そう頭を下げ、再び来た道を戻って行った。
- 「どーするよ、じーさん? この下行けるみたいだぜ」
- 聞いてくる割には、すっかり行く気になってフォレスト殿は言う。
- 本来であれば、フォレスト殿1人残してこの迷宮を去るなどはできん事じゃ、しかし、今は違う。
- なぜなら、サムダム・ルバの目的がはっきりしたのじゃ。
- 奴の目的はドラゴン・スレーヤー伝説の成就。
- 英雄の造作。
- そして……、その後に……。
- あのジェイクとか言う剣士の忠義を見れば解る、あれは大きな大儀を行わんとする騎士の使命感に燃える目じゃ。
- まだワシの推測に過ぎぬが、長年資料係として数々の事件を目にしていた経験からある種の物語が安易に浮かんできた。
- それは、『理想郷』の創作。
- 正確には、そう聞かされているのじゃろう。サムダム・ルバに……。
- やりきれんのう……。
- それを行うには、おそらくサムダム・ルバは英雄の力を利用して、オートル中心としたじ自治権を要求して来ようとしている。
- まだ全てが決定出来たわけではない。
- じゃが、少なくとも王の懸念は見事に的中していたのじゃ。
- この事に関して、ワシは早くオランに帰らねばならない。一早く王に報告をしなければならないのだ。
- ワシは、フォレスト殿に断り、一応、アム殿に報告してくると言い、迷宮を後にした。
- その途中、なななんと、あの蜂蜜茎の一見で出会った少女達(中の1名は少年)とすれ違った。
- 彼女たちは気が付かなかったみたいじゃが、ジャイアントスラッグから元気良く逃げ回っていた。良かった、回復したみたいじゃな。
- そして逃げ切ったと思ったら、また出会って、そしてまた逃げまた出会う。そんな事を繰り返しながらワシからどんどん遠ざかっていった。
- 何という遭遇率じゃ……。
- あの先頭に立っていた少年、もしや、『戦士の目』の持ち主か……?
- 文字通り、ごくまれに運気の強い、とびっきりの戦士だけが 持つという悪魔のような強運。遭遇に関しては運が悪く嘘みたいに遭遇を繰り返し、そしていざ戦いとなるとその運は逆転し悪魔にでも魅入られた様に幸運にも必殺の一撃を連発する。
- 確か、伝説級の冒険者達もかつてはその目に恵まれ、ふつうの冒険者が10年掛けて出会う戦いを一年足らずで完了すると言われておる。
- あの少年、いやあのパーティー、思わぬ大器かもしれぬな……。
- ワシの関心をよそに、彼らは地の果てまで逃げる勢いで迷宮の奥へと消えていった。
- さて、ワシはオランに急がねば、疲れている筈の足腰を奮い立たせワシは迷宮の出口へと向かって行った。
- とはいうものの、この年になると徹夜は腰に響くわい。
- ジェイクと言う剣士のあの様子、サムダム・ルバの行動まで時間はあるようじゃ。
- アム殿の店で一休みしてから向かうとするかのう……。
- おまけ
- 「ったく、失敗したぜ……」
- 俺は愚痴を零しながら、つるつるした感触の、多分大理石かなんかを研磨したシューターを上り続けていた。
- あのジェイクとか言う剣士の後を付いてきたまでは良いが、殿扉もロック掛かってやがって八方ふさがり、引き返そうにも同じ効果で完全に行き場を失しなっちまった。
- ドアの開閉に当たってはなんか、『コモン・ルーン』が掛かっているみたいだ。
- 俺とした事が、前調査もなしにいささか深入りしすぎたみただな。
- まあ、多分、このシューターが、ギャグレイ爺さんと別れた階につながっているから何とかなりそうだがな……。
- 俺は滑らない様に細心の注意を払いながらゆっくりと上ってゆく。
- もうかれこれ小一時間も上った時、突然俺の遙かな上の方で光りが瞬き、同時に悲鳴。
- …………嘘だろ?
- 後、もう少しって所で、トラップが作動し、この人一人分の幅しかないシューターをどこかで見た事のある少女が勢いよく滑り落ちてきた。
- 何とか避けられそうだが、よく見ればあのときアムさんの頼みで助けた少女、じゃねーか……。
- 下まで落ちれば即死だよな、この高さなら……。
- あの少女に、アクロバットの技能を期待できる筈もないし……。
- ったく、しょうがねーな。
- 俺は覚悟を決めて少女を受け止める。
- ぐわあああ~、重い!
- 別にこの子が(確かランとか言ったか……)太っているわけじゃない。どっちかって言ったらスレンダーな部類だ。俺の好みだが、ガキじゃーな……。
- だがそんな彼女の慣性を受け止めきれず俺とランはそのまま滑り落ちて行った。
- ああ、せっかくここまで登ったのに……、まあいい、それは予想していたことだ。
- チャンスは一度切り、あのシューターの出口にうまくロープを引っかければ、俺はかすり傷、彼女は無傷で済む。
- アムさんの知り合いだし、縁もあったことだしな。
- 俺達はさらに加速して滑り落ちてゆく。
- その間のランとか言う少女の悲鳴たるや、鼓膜が破れそうだった。しかも、俺に抱きかかえられている事すら気づいていない。かなり重傷のパニック状態だ。 頼む、暴れないでくれ!
- そして俺の身体が浮遊感によって包まれる。
- シューターを下りきり、終点の広い室内に放り出されたってことだ。
- 勝負!
- 俺は細身のロープをシューターの入り口の突起向かって放った。
- 運命の一瞬は過酷に俺の網膜に焼き付く。
- ロープは掠りもせずに、床に落ちて行ったのだ。
- その後俺は胸に強い衝撃を受け、一瞬だが不覚にも意識を失ってしまった。
- 次に意識を回復したとき、無傷の少女、ランとか言ったな、彼女の絹を裂くような悲鳴と、詫びの言葉で鼓膜まで痛くなった。
- 「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
- 良いって、気にするな、俺が失敗しただけだから、あんたのせいじゃあないよ、ああまたアムさんに話しの種にされそうだ……。
- 「大丈夫ですか?! 本当にごめんなさい!」
- 良いから、耳元で叫ばないでくれ、あの時入り口は内側からしか開かないようだったし、まあこれで出られそうだ、助かったよ、本当に……、ああ揺すらないで、肋骨に響くから……。
- 本当に、ついている、ラッキーだったよ。
- 運の悪い時なんてこんな物だ。
- 俺は再び意識を失いそうになっていた。
Commentary
解説
- 第5話、どうだったでしょうか?
- 最近、SATOのPCが半永久的な借り物であり、しかも強制的に奪った様に思われていますが、それは誤解です。この借りは10枚ショートで直木賞を受賞し、日本文化勲章を受章した後に必ずと固い約束を交わしております。
- だから安心して待っていてね。
- と言うわけで、次回はアウグステやオランに舞台を移し、ギャグレイ爺さんの奮闘をお送りします。そろそろ、出てきそうですね、あの人物達が……。
- と言うわけで、また次回お会いしましょう!